『本当は聞こえていたベートーヴェンの耳』江時久

050712

地方のうらぶれたレッスンスタジオの本棚に並んでいたのを拾い読みしていたところ、やめられなくなってしまった。こっそり鞄に入れて持ち帰ってしまおうかとも考えたが、かろうじて踏みとどまった。自宅に帰ってネットで検索してみたが、これが何とすでに絶版…。1999年の本だから何とかなるだろうと思ったのが間違いだった。ようやく古本として入手して以来、私の大切な一冊となっている。
 
江時は音楽家でも医者でもない。しかしベートーヴェンと同じタイプの聴覚障害を持つ人である。だからこそ実感できるさまざまな悩みや苦労が紹介され、他の誰に創作も体験もできない、当事者のみが語れる現実が繰り広げられるのだ。
 
江時は、ベートーヴェンの難聴は20代後半からではなく(ベートーヴェン自身はそう告白している)、もっと若いとき、それもボン時代から始まっていたのだろうと推察する。また、ベートーヴェンの聴力は晩年に至るまでかなり残っていたはずだ、とも述べている。江時によって、ベートーヴェンの伝記にあるさまざまな事象から、健常者が気づかない側面が掘り起こされいくさまには思わず引き込まれてしまう。
 
ベートーヴェンに興味がある人にはぜひ読んでいただきたい一冊である。ベートーヴェンの気むずかしさが理解できるようになり、畏敬の念を越えて、親近感さえ持てるようになるかも知れない。(NTT出版)