音楽芸術は変化する。聴衆の好みも、演奏家が訴えようとすることも、時代とともに変わる。その中で尺度となるのが「作曲家はどう感じていたのだろう」「創作当時の音楽環境はどうだったのか」という、オーセンティシティーに関する考察である。今世紀はこれがより重視されるようになった時代といえよう。
たとえば一世を風靡したカラヤン。あるいはリヒターとミュンヘン・バッハ。当時(といってもそれほど昔のことではない!)人々はこれらが最高の音楽表現だともてはやし、多くの人がその真正性をなかば盲目的に信じ、崇拝したものだ。しかし今となってあのスタイルで演奏しようとする指揮者はいない。
バロックや古典派の時代の演奏がどのようなものだったかを知るのは困難だ。音源資料がほぼ皆無なのがその原因である。「音にしてなんぼ」の音楽であるにもかかわらず、一番肝心なものが欠落しているのだ。
本書はそうした「大昔のこと」に関する情報とともに、現在の古楽研究や、それに基づいた演奏法の実践がどのレベルまで進んでいるかを教えてくれる。厳選された興味深いテーマが、アーノンクールの言葉で語られる。鑑賞の際の理解を深めるというよりは、演奏者への刺激となり得る一冊だ。
ピアノのことしか知ろうとしないピアニストが少なくない。何もピアノに限ったことではないようだ。演奏家は自分の楽器をとりまく世界に安住してしまう傾向がある。より広い視野を得れば、もっと音楽を楽しめるのに…。これを機会に専門以外の本をひもとくのも一興ではないだろうか。(音楽之友社)