「死に様」の話題は人の注目を集めやすい。殺人事件の顛末を憂い、闘病記のたぐいに心を痛める裏には、死に関する興味がひそんでいる。それもそのはず、誰もが避けて通れないのが死である。自分にどんな死が準備されているかは、その時になるまでわからない。
過去の偉人がどんな苦労をし、いかなる限界に挑戦し、挫折から立ち直り、そして栄光に至ったかが書かれた“偉人伝”は誰でも読んだことがあるだろう。実はこのような話には事実無根の脚色が含まれていることが多い。たとえ主人公と直接交流があった同時代人の書いた伝記でも、額面通り信じてはいけないのだ。特に病気や死因に関しては、まだ医学が未発達な時代の見解をそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。
本来は作曲家の音楽活動の実態を解明するための資料から健康に関する記述と史実を綿密に洗い出し、それを現代医学の知識によって再検討した結果がこの本にまとめられている。本書はハイドンとモーツァルトのみの内容となっているが、原著は全3巻の大著で、ハイドンからマーラーまで14名の作曲家に関する病跡研究が収録されている。まず作曲家の人生を追い、その後に疾病と死病に関する見解がわかりやすく語られる。今まで信じられていた通説が否定されることもある。モーツァルトの死因はその一例だ。
著者のノイマイヤーはウィーンで著名な内科医だが、ザルツブルク音大のピアノ科も卒業し、在職中も定年後もウィーンフィルのメンバーたちとアンサンブルのコンサートを公開の場で行うほどの腕の持ち主だ。私も実際その演奏を聞いたことがあるが、プロとしても遜色ない。医者にして音楽家──作曲家に関する病跡学の分野でこれ以上の適材は考えられないだろう。
ところで、残り12名に関する内容が日本語で読めるようになる日は訪れるのだろうか…?(東京書籍)