演奏家として活動するためには、日々の練習が欠かせない。器楽奏者の練習時間は日々数時間というところだろうか。身体そのものが楽器である歌手は、器楽奏者よりもっと短時間で終えるのが一般的だ。私の専門はピアノだが、「何時間も続けてピアノを弾くなんて、ずいぶん体力を消耗するでしょう」と同情してもらえることもある。しかし現実は悲しい。ダイエットになるぐらいカロリー消費できるならば練習にも励みがつくというものだが、こっそり自分の腹回りをつまんでみれば、そうでないことは一目瞭然だ。「仕事として楽器を演奏する」とは「なるべく体力を消耗せず、無駄な動きや力みは極力排除して効率よく身体を使うことに習熟する」ことなのだ。練習で疲れてしまうような弾き方では身体が持たない。
最近「音楽療法」という分野が注目されるようになった。「療法」というからには「心身の不具合を改善する」という要素が含まれるが、そうした対症療法的なものに限らず、病の予防にも音楽を役立てよう、というのである。多くの人が興味を持つのは「ボケの防止」だろう。
以前から「モーツァルトの音楽を聴くと心が落ち着き、痛みもやわらぐ」と指摘されてきたが、「聴く」ことによって受動的に音楽を受け入れるのではなく、楽器を手にとって能動的に音楽をやろう、そして元気になろう、というのがこの本のモットーである。カラオケにもそれなりのメリットはあるものの、それよりも「管楽器をやってみませんか」というのが、東北大学で教鞭を執り、同大学病院の音楽療法室長でもある著者市江の提案だ。
「今まで楽器なんてさわったこともないし、楽譜も読めない」と尻込みする方もおられるだろう。そういう人こそ、楽器演奏にトライする価値がある。ド素人であればあるほどボケ防止の効果が高まることを、この本は教えてくれる。またどの楽器にはどんなメリット・デメリットがあるか、ということもわかる。
楽譜を解読し、指を動かすことによる脳への刺激、腹式呼吸の活性化を通じて得られる健康、そして音楽自体がもたらしてくれる喜び、また少し上達すると楽しめるアンサンブルの醍醐味…。「年寄りの冷や水」などといわず、何か楽器を習ってみようではないか。楽器の値段は千差万別だが、リコーダー(縦笛)のように誰でも買ったその日から音が出せて、それほど財布の負担にならないものもある。
楽器を習い始めるからには独習ビデオなどを利用せず、ちゃんとした先生に指導してもらうのが一番だが、こうして「老後の趣味」として初めて楽器を習おうとする初心者を指導するトレーナーが注意すべきポイントにまで触れられているという、今までのものとはひと味違った一冊である。 (音楽之友社)