『音楽用語ものしり事典』久保田慶一

101023前回にひきつづき、音楽界で使われる言葉に関する書籍をもう1冊紹介したい。関の『ひと目で納得! 音楽用語事典』が演奏者や指導者をターゲットにしぼり、自身の表現をより豊かに、きめ細かく構成するために役立つ参考書なのに対し、久保田の著書はひと味違ったアプローチでまとめられている。確かに楽語の解説書ではあるのだが、まっとうな音楽事典では到底お目にかかれない知識が得られる、「雑学の宝庫」としてもおおいに価値のある本だ。
 
本書第1ページ「はじめに」でまず遭遇するのが、「長調」と「アルミニウム」と「ジュラルミン」の相互関係だ。説明されてみれば納得するが、そう簡単に思いつける視点ではない。久保田流の真骨頂だろう。
 
誰でも知っている「ドレミファソラシド」の由来も48ページ以降に述べられているが、「ほお、そうだったのか」というさわやかな新鮮さを感じる。
 
ソプラノ、アルト、テノール、バスというと歌手の声や楽器の音域の違いによってつけられる名称だが、「どのような経緯でそうした名前が生まれるに至ったか」という由来に関する記述には、私もこの本ではじめて巡り会った(p.110〜)。
 
コンチェルトconcertoとコンサートconcertは、単語のスペルとしては末尾にoがつくかつかないかの差でしかないが、それらの用法は大きく異なる。しかし言語のルーツにおける共通性に気がつかされてみると、「なるほど」と思うのだった(p.95-6/158-9)。
 
現在音源として一般的なメディアであるCDがコンパクト・ディスクの略称であることはあらためて指摘するまでもないが、映像が簡単に楽しめるDVDがデジタル・ビデオ・ディスク「ではない」ことはご存じだっただろうか。これに関する正解、またCD以前に一世を風靡したSPやLPの詳細に関しては、本書162〜163ページを参照すればすぐわかる。
 
このような雑学を知っているのと知らないのでは、音楽の楽しみ方に大きな差が出てくるだろう。大学の学生たちは、久保田の授業をさぞ楽しみにしているに違いない。
 
「どうでも良いこと」を甘く見てはいけない。知っているだけで、音楽に関する会話が豊かになる。他人のまだ知らない話題をストックしていることは、社交術のかなめである。この本によってプロの専門家はもとより、専門家以上にくわしい“おたく”音楽ファンの人も知らない話題をたくさん仕込むことができそうなのが嬉しい。ただ、「事典」としての体裁を整える必要から「関連用語をそれなりに列記する」という作業を避けることができず、いきおい「とっておきの話題」がとびとびになってしまったのが惜しまれる。それでも一読の価値ありのユニークな内容の本としてお薦めしたい。(アルテスパブリッシング)