2009年9月に紹介した『演奏者勝利学』はその後も順調に売上を伸ばし、楽器店の書棚に欠かせない存在となっているようだ。その続編として『演奏者勝利学実践ノート』という冊子が出版された。両冊をまとめて目立つところにレイアウトしている楽器店も多く、まさに“旬”の書籍となっている。
本書は「いかにして知識を実践に発展させるか」という、メンタルトレーニングが抱える課題をサポートするために上梓された。コーチングに限らず、「こうやれば解決できますよ」という知識が提示され、読者がそれに納得できた瞬間、読者の脳裏に浮かぶのは「いざとなったらそうしよう」という安心感だ。目の前に横たわっているメンタルの問題を解決するためには、自分の生活パターンを多かれ少なかれ変える必要がある。変えるにはそれなりの意志力が必要な上に、それを継続するのはもっと大変だ。改善の余地はあれど、今のままでも何とかなっている──のであれば、凡人の考えることはみな同じ。「明日からやろう」である。
その解決策として提供されているのが、本書の随所にある「自由記入欄」だ。質問に対する答えを、自分で書き込んでいくスペースが準備されている。感想や疑問を書き込むことによって、自分の現状がより具体的かつ客観的に把握できる。これは行動を喚起するためのきっかけ作りとして役立つだろう。私自身は「本に直接書き込む」ことには少々抵抗を覚える人間だが、書き込みながら本の内容を咀嚼していくのも、ひとつの読書法に違いない。1冊の本をぼろぼろになるまで使い込むのも、大きな快感だ。
であれば、いっそのこと解説の部分にもアンダーラインを引いたり、クエスチョンマークをつけたり、自分の気持ちをどんどん加筆していこうではないか。そうすることによって内容がさらに自分の血となり肉となり、この本がパーソナルな蔵書として手放せないものになっていくだろう。そうした観点からは、この『実践ノート』の方が前著『演奏者勝利学』よりも、メンタルトレーニングのキーワードとなる事象が、さらにすっきり整理されていてありがたい。
さまざまな条件や環境から、辻みずからが指導する講座を実際に受講できる人は限られているだろう。私は幸いその機会に恵まれてきたが、その私にとっての本書は「受講してきた講座内容の総集編」として価値あるものだ。講義のたびにメモしてきたポイントが、整然とまとめられている。この『実践ノート』を熟読し、自由に書き込むことによっても、受講したと同等、あるいはそれ以上の効用を得られそうだ。巻末に掲載されている私のインタビュー記事も、参考になれば幸いである。 (ヤマハムックシリーズ90)