『もし大作曲家と友だちになれたなら…』スティーブン・イッサーリス 板倉克子訳

090324小学校高学年から大人まで誰でも気楽に読める、楽しく魅力的な本である。一般的な“偉人伝”とは違った味わいの、さまざまなエピソードが提供されている。本書を読めば、登場する主人公を単なる偉人として尊敬するだけでなく、愛すべき隣人としても親しめるようになるに違いない。『続・もし大作曲家と友だちになれたなら…』とのセットを読破すると、計11名の大作曲家たちと友だちになれる。難しそうな漢字にはふりがなも振られ、若い読者への配慮がほどこされている1冊目を通じて得られる友人はバッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、ブラームス、ストラヴィンスキーの6名だ。続編(こちらはふりがななし)ではヘンデル、ハイドン、シューベルト、ドボルザークとフォーレの5名が紹介されている。
 
音楽に限らず美術や文学でも、芸術作品にはすべて絶妙な味わいがある。そうした作品が創作された時の作家の環境や心情に関する情報が語られることは少なくない。しかしこうした“解説”がもたらしてくれる情報は、単なる知識として死蔵されてはいないだろうか。
 
美術や文学とは違い、音楽は「鑑賞者として享受する」だけではなく、「自分の手で楽器を扱って再現できる」ことが大きなポイントだ。他の芸術ジャンルでは味わえない、大きな喜びである。音楽する喜びは、奏者の技量に左右されるものではない。下手は下手なりに十分楽しめる。「いかに心をこめて演奏できるか」が課題なのだ。そのために作曲家がどんな性格の人で、何が好きで何が嫌いだったのか、という「人間くささ」を知ることは、大きなメリットとなるだろう。
 
意中の人からもらったラブレターを読む時は誰でもドキドキするだろう。何回も読み直し、句読点の打ち方といった細部までためつすがめつして、発信者の呼吸や心の動きを追体験しようとするに違いない。音楽も、単に音符を眺めているだけでは、その感動に限界がある。作曲家の人となりを知ってこそ、作品の個性を自分なりに組み立てることができるのだ。
 
「そんなことは当然だろう」と思いたいが、そうでもないようだ。私が普段接している音大生たちも例外ではない。何も肩ひじはって身構えなくても良い。「へえ〜」といった豆知識が役立つ日が必ず訪れるだろう。そのためにはまず「気楽に読める本」「語り口のリズムが心地よい本」の存在が嬉しい。嘘で固めた暴露本は困るが、この本なら大丈夫だ。演奏を楽しむ人ばかりでなく、リスナーの方々にもお薦めしたい。あるいは子供へのプレゼントとしても使えるだろう。 (音楽之友社)