『六本指のゴルトベルク』青柳いづみこ

091117講談社エッセイ賞という賞がある。昨年は立川談春の『赤めだか』が受賞した。一世を風靡した酒井順子の『負け犬の遠吠え』もこの賞を受賞している。第25回となる今年度の賞が青柳の著書『六本指のゴルトベルク』に授与されたと聞き及び、早速読んでみた。
 
へええ、と驚いた。青柳の本職は私と同業のピアニストだ。しかしその文才には、ぬきんでたものがある。彼女の著書は2005年6月にもこのブログで紹介したことがあるが、青柳の著作はどれも言葉がはつらつとしており、読んでいて楽しくなる。だが、内容はかなりマニアックだ。それなりの予備知識がないととまどってしまうこともあるだろう。『六本指のゴルトベルク』も、なるべくわかりやすいように、と配慮されてはいるが(括弧に入れられた注めいたものも補足されている)、クラシック音楽に関する知識なしでスルスルと読み終えられるほど簡便ではない。今回のエッセイ賞選考委員は井上ひさし・東海林さだお・坪内祐三・林真理子の四名だったが、みな音楽家ではないことは一目瞭然だ。なのによくぞこの本を選んでくれた、と、音楽を愛する者の一人として素直に喜びたい。
 
本書は岩波書店が刊行する読書家のための月刊誌『図書』に2006年から2008年にかけて連載されたエッセイが編集され、まとめられたものである。「本との出会い」となる可能性が大きいところからも、青柳のエッセイには毎回複数の音楽に関する本の名前や、そこからのフレーズが引用されている。青柳の言葉を借りると「古今東西の純文学やミステリーの中から、音楽や音楽家を扱った作品をとりあげ、音楽との関わりを主軸に読み解こうと試み」たものだそうだ。
 
というわけで、本書をこのブログで紹介することを通じて、芋づる式に次々と本が紹介される、という効果が期待できる。しかし驚くべきは青柳の読書量だ。音楽は言うに及ばず、各方面で活躍している才媛だから日々多忙なことは間違いない。それでもなおかつこれだけの本を読破しているとは…。
 
クラシック音楽をこよなく愛する読者は、この本を紐解きながら「これも読んでみたい」「あれも読んでみたい」と刺激されるに違いない。それほど青柳の誘いは秀逸で、妖艶で、要するに「そそられる」のである。本の帯には「音楽小説・ミステリの読み方教えます」とあり、「プロのピアニストがコンサートの合間に楽しんでいた読書の秘密」と添えられている。「本に出会える本」として、ここに紹介したい。(岩波書店)