2011年夏のFIFA女子サッカーワールドカップで見事優勝した、なでしこジャパン。並みいる強豪、それもドイツを下し、最終戦では今まで1度も勝ったことのないアメリカとの息詰まるゲームとなった。ロスタイムで同点に追いつき、その後のPK戦で手にした劇的な勝利はまだ記憶に新しい。団体としては初となる国民栄誉賞が日本政府から授与されたほどの快挙だった。
こうして日本での女子サッカーの認知度は爆発的に高まった。それまでは女子サッカーにプロリーグがあり、ワールドカップまであることを知らなかった人も少なくなかっただろう。だが今や女子サッカーの存在は全国民の知るところとなり、日本津々浦々の人々が喜び、祝福に明け暮れた。
開催地ドイツから帰国した選手たちを待ち構えていたのは引きも切らずに続く怒濤のようなインタビュー、そして祝賀会に次ぐ祝賀会だったに違いない。テレビへの出演も毎日だった。「喜びを分かち合いたい、これからも応援したい」というファンの善意に応えることもむげにはできず、アスリートとしてのコンディション調整に苦労したのではないだろうか。案の定、その後9月に行われたロンドンオリンピックのアジア予選では4勝1引き分け、と数字の上では問題なかったものの、非日常的なスケジュールによる疲れと練習不足からか身体の切れが悪く、生彩も欠いていたように思う。
そんなチームの事や、あのやさしそうな佐々木監督のことをもっと知りたいと思い、書店の書棚に平積みにされていた本を迷わず入手した。とりわけ『ほまれ』の表紙はワールドカップを掲げて喜ぶなでしこジャパンチームの写真だったので、まず一番に手に取った。しかし帰宅してからよく観察してみると、その表紙の下からもう1枚の表紙が出てきた。澤選手ひとりが写っている写真である。ほほう、と思って奥付を見ると、本書の出版はすでに2008年のことだった。続けて佐々木監督の本を見ると、こちらは2011年1月出版となっていた。つまり両書とも、今年のワールドカップそのものに関しては何も触れられていない本なのだ。しかしこれは私の落ち度である。女子サッカーがこんなに盛り上がって、優勝以前にすでにこのような書籍が出版されていた、ということに気づかなかった私がうかつだった。
こうした本の常ながら、実際に執筆したのは本人たちではない。『ほまれ』は日々野真理、『なでしこ力』は江橋よしのりという優秀な構成者がまとめている。「本人の手による文章でないのなら、興味がない」という向きもあろうが、私は「それでもどんな思考回路の人なのかがわかるだけでもおもしろい」と思う。逆に、個人的な思い入れが客観的な視点を通じて整理されているところから、さまざまな課題に対する時の癖や心の動きを理解しやすい、というメリットもあろう。
「良いことしか書かれていない」と評する人もおられるだろう。でも「それでもいいじゃないか」と私は思う。だいたいスポーツの選手をはじめとしたヒーロー(ヒロイン)やアイドルには「みんなの規範になる」という使命が課されていると思う。そこには夢、目標、共感などなどさまざまなものが含まれるが、「こんなに頑張れるんだ」という事を実際の態度と行動で見せるのがプロとしての責任である。目標に向かって努力している人がそこに見えるからこそ、自分も希望を捨てずに頑張れる。そうした勇気をはっきりとした形で与えてくれ、素直にファンとなり、応援したくなる──自然にそうした気持ちにさせてくれる両書であった。(河出書房新書)(講談社)