『わかりやすく〈伝える〉技術』池上彰

140406テレビのニュース解説でお馴染みの池上彰によるプレゼンテーション指南書だ。「テレビ」という特殊な環境の中での話術は、会社や学校といった一般的な環境における話術と同じではないことは容易に想像できる。その決定的な違いは「制限時間」にあるのだそうだ。テレビのニュース番組に出演しているコメンテーターに与えられている時間は通常20〜30秒。その中で的確かつ意表を突くコメントを披露しなければならない。
 
テレビでの話術に長けたニュースキャスターは──池上によると──久米宏とみのもんただそうだ。別格といえるほど巧みな話術をあやつり、視聴者の気を常に引きつけてやまない。そこにはある程度の天性もあるだろうが、経験を積み、試行錯誤とたゆまぬ努力によってスキル化していった話術が素晴らしいと語る。
 
池上の出身はNHKだが、記者としてのキャリアが長く、アナウンサーとしての発声訓練も受けたことがなかったという。池上の記者時代、「現場にいるレポーターがテレビカメラに向かって話す」という実況中継のスタイルはまだ確立されておらず、その多くが誰にも頼ることのできないぶっつけ本番だった。しかしそこでも常に「限られた時間の中で必要な情報を過不足なく伝えるにはどうしたら良いか」を考慮し、工夫を重ねたところから、多くのものを会得できたそうだ。またその当時に担当した「週刊こどもニュース」のお父さん役として子供に理解できる解説を組み立てることに明け暮れた経験も、池上に多くのものをもたらしたという。
 
実際、池上の解説はわかりやすい。聞いている側の思考回路に沿って話が展開していく感がある。あまりに明解なので、自分にもこうした解説がすぐできそうな気がしてしまうほどだ。しかし池上の「わかりやすさ」は、周到な準備を通じて綿密に組み立てられたもので、本書にその秘密が明かされている。
 
会社に勤めていれば、企画会議などでプレゼンテーションをしなければならないことがあるだろう。学生なら授業内での発表、先生ならば授業そのものがプレゼンテーションだし、職種によって濃淡はあろうが「何かを説明しなければならない」というシチュエーションは、誰にでも起こりうる。一介の主婦といえども油断してはいけない。交通事故の目撃者として、目にした状況を的確に説明しなければならないことだってあるだろう。臨場感たっぷりに(=あわてふためいて?)語る事故の目撃談はともかく、会社や教育現場での発表はきちんと準備をした上で、効果的かつ効率よくこなしたいものだ。そのための貴重なヒントの数々が本書を通じて提供されている。
 
パソコンで作成したスライドを提示しながら口頭で説明を進めるプレゼンテーション(いわゆる「パワーポイント」)も、今日では一般的になった。その際、何をどのように視覚化するとわかりやすくなるか、ということも本書90ページ以降にまとめられている。私自身もこうしたスタイルで講座を開講する機会が多いが、まだまだ改善の余地はありそうだ──と言うより、今までの方式はどちらかというと「良くないプレゼンテーション」だったようだ。大いに反省し、今一度見直してみたい。
 
「ポイントは三つに絞ること」「本題に入る前に提示しておくべき事」など、指摘されてみれば「ごもっとも」ということでも、言われなければなかなか気づくものではない。ましてや社会人になってから行うプレゼンテーションである。それが拙く、眠気を誘うだけのものであっても、それを親身に注意してくれる人は決して多くないだろう。自己を啓発し、さらにわかりやすいプレゼンテーションを目指すには自ら努力し、人の発表で良かったところは模倣し、実体験の感覚を大切にしながら経験を積んでいくしかなさそうだ。
 
テレビに登場する池上のように無駄なくすっきり説明できたらいいな、と少しでも思うならば、本書は「必読」だ。私自身もこの本に出会うことができて幸いだった、と感謝している。(講談社現代新書2003)