「美学とは何か」「何をどう扱う学問なのか」「美学を知らなくては藝術は論じられないのか」…。わからないことばかりである。美学の学者なんて、霞を食べて生きている仙人のようなものではないか、と思いたくなる。
私のように音楽を専門とし、美学からそれほど遠くない世界にいる人間でさえ、このように情けない状態なのだ。演奏や感情表出の技術には詳しくても、藝術本体への考察に関しては今ひとつ自信がない。まして、一般の方が持たれるイメージたるや「○!×?〜△」といった象形文字に近いのではないだろうか。それでも美学という概念に漠然とした興味をお持ちの方がおられるなら、ぜひお奨めしたい一冊だ。
読破した、といってすぐさま世界観が変わるわけではない。「へえぇ、こういうことが学問になるんだ。世の中、いろいろだねえ」という感想で、まったく構わない。それでも「“考える葦”である人間が思考し、構築していく哲学にはこんなジャンルが存在するのだ」ということに触れるだけでも、今まで生きてきた価値があるというものだ。
私自身、ずっと美学の入門書を捜していた。しかし「買おう!」と思う本にはなかなか巡り会えなかった。そんな中で佐々木の本はダントツに親しみやすい。まず、言葉がやさしく、明解である。「…なのです」「…かもしれません」など、普通に語りかけてくれる。「学問は難解であるほど格調が高い」のではなく、「難解だからこそ、わかりやすく説明して欲しい」という希望に応えてくれる一冊だ。
読後に美術の現代作品を鑑賞したり、現代音楽を聴いてみると、それまで漠然と感じていた「なぜこれがアートなの?」という疑問が、少し解けてくるかも知れない。たとえ感動には至らなくても「へえ、こんなのもアリなんだね」と感じられる。わからないものをわからないなりに受け入れられるようになると、不思議と人間の器が大きくなったような気がして、精神衛生にも役立つ本なのである。 (中公新書)