『海峡を渡るバイオリン』陳昌鉉(鬼塚忠・岡山徹聞き書き)

061206フジテレビ開局45周年記念企画として草彅剛の主演で2004年にテレビドラマ化されたので、それをご覧になった方も多いだろう。原著を構成した鬼塚と岡山の語り口は秀逸で、読み始めたらそのまま最後のページまで一気に読ませてしまう勢いがある。
 
物語は、貧しい環境で育った陳昌鉉が幼い頃に祖国韓国で体験したシーンから始まる。そして日本に行き、明治大学在学中にめぐり会ったストラディヴァリウスというヴァイオリン最高峰の楽器に関する講演をきっかけに、その後の人生をこの楽器製作のために捧げることになった経緯が語られるのだ。
 
「夢をかなえる」と口にするのは簡単だ。しかし日々の生活に押しつぶされることなく夢を持ち続けるのは、誰にでもできることではない。戦前戦後を通じて存在する韓国人と日本人との不公平な関係を考えれば、なおさらである。在日コリアン陳の人生は“波瀾万丈”の一語に尽き、これが映像化されたのも「さもありなん」とうなづける。しか本を読みながら覚える「はらはら、ドキドキ、すごいなあ」という興奮とは別に、ふと考えさせられたこともある。「充実した人生とは、どこにあるのだろう?」という漠然とした疑問だ。
 
「あなたが本当に好きなことは何ですか」と聞かれて即座に答えられる人は、果たしてどれだけいるだろうか。陳の場合はヴァイオリンの音であり、製作である。自分の手を動かして何か作り出すことが何よりも楽しいに違いない。「寝食を忘れて」という言葉があるが、本当に好きなことだからこそ、没頭できるのだろう。
 
私の場合は「文明の利器をコントロールして、五体だけでは不可能な体験を満喫すること」だろうか。車の運転も好きだし、スキューバダイビングも然り。ジョギングやウォーキングは不得手だが、マシントレーニングは嫌いではない。ただ泳ぐよりは、フィンスイミングの方が楽しい。本職であるピアノの演奏も「表現力の拡張」という意味で、同じ線上にあるものだ。
 
これから団塊世代が大挙して隠退生活に突入するという。これからの人生が充実するかどうかは「自分が心底からやりたかったこと」を、自覚しているかどうかにもかかっているはずだ(もっともそれが「飲む、打つ、買う」のいずれかだった場合はどうしたものか…。家族に迷惑をかけるのはルール違反である)。自分に「三度のメシより好きなこと」があるかどうか、考えてみたことはありますか?(河出書房新社)