日本人はおしなべて「大人同士の洒落た会話」を楽しむのが下手なようだ。何かの祝賀会のような機会に知らない人と同席しても、そこで会話が盛り上がることはあまり期待できない。
初対面の人との専門外の会話にも気軽に参加し、そこを笑顔あふれる場にするには、少なからぬ気遣いが必要だ。欧米では誰もが常にいくつか「気の利いたジョーク」を会話のレパートリーとして準備している。新鮮なジョークに常時アンテナを張り、時には起承転結をメモしておくことも大切だ。たとえ同僚とのパーティでも、こうしたジョークを語らずただ座っているのは失礼にあたるし、「できないヤツだ」と誤解される危険もはらむ。
こうした小咄のほとんどは、他人から聞き覚えたものに自分なりのアレンジを加えて作ることになる。そしてそれをさも自分が体験したかのような臨場感とともに話して聞かせるのだが、そこには緩急自在な話術も必要だ。
ところで、アレンジのためにはツールがあるとありがたい。そんな時にこうした『悪魔の辞典』系の書籍への期待が高まるのだ。
『悪魔の辞典』としてまず頭に浮かぶのはアンブローズ・ビアスのそれだろう。岩波文庫(西川正身訳)や角川文庫(奥田・蔵本・猪狩訳)、そして講談社版(筒井康隆訳)など複数のバージョンが楽しめる。「読破する」たぐいの本ではないが、そのシニカルな表現におもわずニヤリとしてしまう、「大人の楽しみ」に通じる一冊だ。
そうしたアプローチでクラシック音楽界のもろもろを餌食にして楽しもう、という種本もある。『クラシック悪魔の辞典』、およびそれが2002年に改訂された新書版『クラシック悪魔の辞典【完全版】』である。ビアスとはまた違った味わいで、どちらかというと「おたく系」の内容が多いが、“わけ知り”の方々は大いに楽しめるだろう。双方ともすでに新品はとしては入手できないが、中古はネット上に出回っているようだ。
なおこうしたジョークを語るときに、まわりの人に不快な思いをさせるのは禁物である。となると『クラシック悪魔の辞典』の内容は音楽関係者に一番うける話題ではあるものの、「知りもしないくせに」と反感を買う危険も一番大きそうだ。諸刃の刃ということか。(岩波文庫)