『J.S.バッハ』礒山 雅

060413クラシック音楽における「三大B」と呼ばれる作曲家がいる。バッハ、ベートーヴェン、ブラームスという、いずれも名字がBで始まるドイツ音楽の正統派たちだ。重厚にして堅実な作風は、まさに日本人好みと言えるだろう。
 
三大Bのトップを飾るバッハは18世紀前半の北ドイツで活躍した巨匠だが、その音楽は現代にも通じる新鮮さと柔軟性を持ち合わせ、音楽史上の大きなモニュメントとなっている。心に深く共鳴する敬虔で感動的な宗教音楽とともに“血湧き肉躍る”音楽もたくさん創作した。だが悲しいかな、無味乾燥で生気のない演奏の何と多いことか! 中でもバッハの魅力を一番わかっていない(わかろうとしない?)のが、クラシック音楽教育のプロである音楽の先生や、その教え子たちのような気がするのは、はたして私だけだろうか…。
 
こうした偉人の評伝は「格調高い」といえば聞こえがいいものの、どこかあか抜けない文体で書かれていることが多い。もともと外国語で書かれた著作を邦訳したものが多いという事情もあるにせよ、リズム感に乏しい日本語で主人公の人生が祖父母の代あたりから順に書き起こされるのを読み進むには、かなりの忍耐力が必要だ。
 
日本でも有数のバッハ研究家である礒山雅(ただし)が新書として編纂した『J.S.バッハ』には、こうしたまどろっこしさがない。言葉にも内容にもリズムがある。新書とは一般の人を対象にした入門書だが、だからといって礒山の展開するバッハ論には何の手抜きもなく、だれが読んでも楽しめるハイレベルな情報が満載されている。数や図形に託された象徴の話題も、音楽の授業の中では見過ごされてしまい勝ちながら知っておいて損はなく、酒席の話題としても使えるだろう。
 
この本で開眼し、『バッハ 魂のエヴァンゲリスト』(礒山雅著、東京書籍)で知識の再確認と補強を行えば、その日から正真正銘のバッハ通として胸をはれるだろう。そして何より大切なのは「その暁にはきっとバッハの音楽が大好きになっているだろう」ということである。 (講談社現代新書1025)