『キリスト教と音楽』金澤正剛

070512ヨーロッパの音楽が発展する過程において、キリスト教の存在は欠かすことができない要素である。古くは教会における礼拝の音楽として使用され、こうした日常のミサで歌われるような讃美歌も、捨てがたい味わいを持っている。一方この教えを題材として、バッハの受難曲や、その後の作曲家たちが創作したレクイエムといったように、大規模な作品も創作されるようになった。
 
ヨーロッパに暮らしてみると、1年365日がキリスト教を軸として過ぎていくことを痛感する。節目は祝祭日だ。日本では「祝祭日=仕事や学校がお休みで遊べる日」だが、あちらではまだその本来の意味が尊重され、神に思いを馳せる気持ちが強い。クリスマスは商店街のためのお祭りではなく、その日はお店を休みにしてキリストの誕生を祝うのだ(そこに至るまでの日々を利用して一大商戦が繰り広げられるのは何処も同じだが…)。「いつクリスマスツリーを飾るか」「いつそれを片付けるか」などにも規定があり、いまだにこれを守っている家庭も少なくない。子供のいる家庭においてツリーの飾りつけは大人の仕事で、その間子供たちは家の外に追いやられる。
 
本書を読んでよくわかるのが「欧米の祝祭日の順序とその意味」だ。なるほど、と納得できる。海外駐在でキリスト教圏内に暮らす人、また留学などで長期滞在する人はここをぜひ把握しておくと良い。「キリスト教」と十把一絡げにしてしまうが、実はその本流とそこからさまざまな流派が分化していった歴史は血なまぐさく、複雑なのである。そのあたりを知ることによって、宗教が絡んだヨーロッパの複雑な民族問題も、また別の視点から見ることができるようになろう。
 
音楽鑑賞の際に助かるのは、あまたある宗教音楽の構成が整理されていることだ。たとえばミサ曲にもさまざまなものがあるが、その典礼の順序がはっきりとし、どのような内容が歌われているのかがわかるようになって、気持ちがすっきりする。「読んでおもしろい」というよりは、何となく知っているつもりでも曖昧だったことがきちんと整理され、知らなかったことを知る喜びを与えてくれる本である。特に音楽家にとっては必携の書といっても良いだろう。あなたがクリスチャンでないならば、なおさらだ。(音楽之友社)