『生かされて。』イマキュレー・イリバギザ

081218ルワンダはアフリカ中東の内陸にある小さな国だ。アフリカとは言え高原に位置するため、年間平均気温は19℃と過ごしやすい土地だという。ここに住んでいるフツ族とツチ族の間では、しばしば部族対立が起こった。1994年にはフツ族によるツチ族大量虐殺が勃発し、ルワンダ政府の推定によると、およそ百日間という短時間のうちに百万人を越えるツチ族が殺されたという。
 
フツ族とツチ族のルーツは遠い昔こそ異なっていたものの、今となっては渾然としてしまった。部族とは関係なく家族同士が親しく、助け合いながら幸せに暮らしていたのだ。しかしそこに政治が介入すると、様相は一変する。誰はフツ族、どの家族はツチ族、とレッテルが貼られ、それを基準としてすべてが動くようになる。フツ族とツチ族を区別するための差と言えば鼻の幅や身長の高低など、単なる視覚的印象に頼ったものでしかなく、医学的に判別されるわけではない。
 
歴史的な背景や社会環境はさておき、大虐殺は起こった。それまで良き隣人として、あるいは信頼できる同僚として生活を共にしていた者同士が、とつぜんいがみ合い、殺戮に走る。個人の思考は停止し、ただ殺すことだけが目的となる。つい数日前までは理性と慈愛があふれ出んばかりだったような人さえもが、一変して冷酷で排他的になることも珍しくない。
 
本書の原著者であり、主人公でもあるイマキュレー・イリバギザは1994年の大虐殺を身を以て体験し、奇跡的に生き残った数少ないツチ族の一人だ。常軌を逸した大虐殺の嵐が荒れ狂う日々、彼女が最後の砦とし、渾身の精神力をふりしぼって守りぬいたのは、神への信頼だった。神の存在と導きを、どんな逆境でも疑うことはなかった。どれほどつらくとも、祈ることにわが命運を託しつづけた。
 
私はここで神の存在の是非を吟味したいのではない。この本を通じて、「信じる」という人間の力の偉大さについて思いを馳せたいのだ。私たちは今、「何かを信じる」という力を失ってはいないだろうか。何を信じて良いのかすらも、わからなくなっていないだろうか。第二次世界大戦以来、日本人が持つ宗教に対する一般的な価値観は、どこか不自然なものとなった。心の底から信じ、頼れるものを見つけるには、どうしたら良いのだろう。信じることができなければ、「心から赦す」ということもあり得ないように感じる。私たちは、自分の足で立ち、まっすぐ前を見つめ、胸をはって生きていくために大切なものを、どこかに置き去りにして来てはいないだろうか。そんなことを思い出させてくれる本である。(PHP)