『新「根性」論』辻秀一

090623メンタルトレーニングのセミナーが花盛りだ。しかし社命ならまだしも、自発的に自分のスケジュールを調整してこうした講座を受講するには、勇気が必要だ。その前に「とりあえず本でも読んでみるか」ということになろう。しかし書店に並んでいる“ライフスキル”に関する指導書は多岐にわたり、どれを信じてよいのか迷ってしまう。
 
となると、頼りになるのは経験者からの情報だ。「これなら間違いない」という保証は得られなくても、「その人には役に立った」ことは教えてもらえる。しかし人の生き方や感情は千差万別だ。世間一般では評価が高いカリスマ指導者といえども、受講生の価値観とかみ合わなかったり、波長が合わなければそれまでだ。指導書も同じである。言葉の選び方や文章のリズムが読む人にとって快くなければ、印象が薄くなってしまう。
 
私が辻メソードと出会ってから、かなりの年月がたった。ある音楽関連団体に勤務するスタッフのためのセミナーを、会場の隅で聴講したのが始まりだった。印象に残ったのは、辻の声が大きくてよく響くことだった。職業柄さまざまな講座や講習会を見聞するが、ぼそぼそと陰気にしゃべられると、それを追っているだけで疲れてしまう。どんなに素晴らしい内容でも、それが体内に染みこむ前に体表を流れ落ちてしまうように感じるのだ。その点、辻の声には、たとえこちらが居眠りしていようともそれを越えて浸透せんばかりの迫力がある。その声を脳裏に浮かべながら、本書も楽しく読むことができた。
 
本書はいわゆる“指導書”ではない。ライフスキルとはどういうもので、それを身につけると何がどう変わるのかが紹介されている。「メンタルトレーニングにはどんな価値があるのか、ライフスキルとは何か」を判断するための基礎知識を得られる入門書と思うとよいだろう。「根性」とは、ある一定の年代層以上の日本男子が好む言葉だが、それを軸に「根性なし」「旧根性」「偽根性」「新根性」として、目前に生じているストレスへの対処方法の個人差が紹介されていく。
 
辻はスポーツ心理学の専門家だ。彼のアドバイスを頼りにしているアスリートも数多い。本書ではスポーツに関する話題が豊富に提供されているが、スポーツ関係者のためだけに書かれたものではない。たとえばスポーツにおける「ここぞという場でストレスに負けることなく、最高のパフォーマンスをしたい」という願いは、音楽の演奏家にとっても同じである。スポーツ界のノウハウには、音楽家にとっても貴重なヒントがたくさん含まれるのだ。それらは親、医者、教師、そしてサラリーマンにとっても同じ価値を持っている。
 
せっかくの人生だから濃く生きてみたい、もっと楽しみたい、という方には一読をお薦めする。しかしここで得た知識は、そのままでは価値がない。知識となったことを実践して、はじめてナンボのものなのだ。受験勉強のために参考書を買って机の上に積んだだけでは、まだ何も進歩していないのと同じである。読んだだけではまだ何も変化しなくとも、変化してみたい、と思う大きなきっかけを得られるチャンスが、ここにある。(マイコミ新書)