最近の日本の政治は、どうなってしまったのだろう。「昔は良かった」とはつゆとも思わないが、何も決まらない、前に進まない。「末期的」という言葉が脳裏に浮かぶ。「政権交代によって世の中が変わるかもしれない」という期待は、もはや海の藻屑と消えた。「民主党が期待はずれだった」と言うのは簡単だが、「自民党はもとより他政党が同じ立場だったとしても結局は同じだろう」というところに、歯がゆさがある。一国民として何とも為す術がないところがもどかしいが、昨年3月の東北大震災の被災者の方々の思いは想像して余りある。
その政治の右往左往だが、一時さかんに報道されていたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に関しては、その後の進捗状況がほとんど伝わってこない。この協定が締結されてしまうと日本の農業、とりわけ米の生産農家はほぼ壊滅状態に陥り、医薬品業界も大打撃を受ける、という警鐘が鳴らされていたことはまだ記憶に新しいだろう。そういった反対意見を押し切る形で、協定締結に向けた国際協議への参加に政府よりゴーサインが出された。「まず協議をしてみないことには、それが日本にとってどういう影響をもたらすかがわからない」といった説明もあったが、一般庶民には「ことTPPに関しては何がどうなっているのか皆目わからない」というのが一般的な状況だろう。
このコーナーで渡辺惣樹による日本とアメリカとの国交の歴史に関した書籍を何冊か紹介してきたが、その延長上に位置するものとして、PTTに関する解説書が上梓された。経済や貿易にうとい門外漢にもわかりやすい内容となっている。渡辺によると「アメリカがPTTの最終的な標的にしているのは中国だ」という。さもありなん、突然のように国力を増大させ、その人口の多さから世界のマーケットに多大な影響力を持つ中国と付き合っていくには、今の状況は手詰まりである。知的財産権の尊重や商標登録の問題を考えても、中国の態度は身勝手きわまりない、というのが大方の認識だろう。改善に関する発表があっても、口先だけのようにしか見えない。その中国を国際ルールに従わせるための方策がPTTだというのだ。壮大な包囲網を準備し、細部のひとつひとつを詰めていく作業が必要となる。PTTは、日本を標的として、日本をはじめとしたアジア諸国をアメリカにとって都合の良いように「開国」させることが第一の目的ではない。真の目的は中国を国際ルールに従わせることにあり、そのためにはまず中国以外のアジア諸国のルールを整えなければならない、という順序なのだ。「中国にルールを守らせるためには、まずみずからがそのルールを守らなければいけない」というのは、言われてみれば当たり前の事ではある。
この困難きわまりないと思われるプロジェクトの推進に当たってオバマ大統領の厚い信任とともに議会から指名されたのが、ヴィクトリア・エスピネルという女性である。日本ではほとんど知られていない。なぜ彼女なのか、エスピネル女史はどのような任務を負っているのか、などに関しては、ぜひ本書に当たられたい。
いずれにせよ、日本ではPTTに関する説明が絶対的に不足している。それを少しでも補うためにも、本書は貴重である。この200ページにも満たない本を読むことによってすべてが解明されるわけではもちろんないが、日本の政治家や官僚たちが口にすること、そしてマスコミが報道している内容を鵜呑みにしてはならず、真実とはかなりの食い違いがあるようだ、という現実に気づくべきだろう。 (草思社)