『詩的で超常的な調べ』ローズマリー・ブラウン 平川富士男訳

20150320_658846「死後の世界は存在しない」と固く信じている読者にとっては、「また例の、あれか」という印象しかもたらさない本だろう。しかし「ある」「あるかも知れない」「ないとは言えない」と思う読者、それもクラシック音楽ファンでピアノが好きな読者にとっては、興味深い内容が語られている。
  
著者のローズマリー・ブラウン(1916~2001)は子供の頃からさまざまな霊体験を重ねてきたイギリスの女性だ。霊界にいる多くの音楽家たちの霊を感じ、姿を見ながら会話をし、中でもフランツ・リストとは密度の濃い交流を保っていた。リストの指示(口伝)に従って、たくさんのピアノソロ作品の楽譜を完成させている。一般的には「まゆつばもの」とされ勝ちな話だが、1960年から1970年代のイギリスで大きな反響を呼んだ。
  
訳者の平川もスピリチュアル・ヒーリング(霊的治療)に興味を持つ“有識者”であり、翻訳者としては最適だろう。とても詳細で親切な訳注はわかりやすく、その量も本文のほぼ三分の一に匹敵する大規模なものだ。本書に目を通す際には、ぜひこの注を参照しながら読み進まれんことを推奨したい。スピリチュアルなこと以外の、音楽に関する専門的な領域の説明も、一般の読者によくわかるようかみ砕かれている。
  
登場する音楽家たちを挙げてみよう。「本書に登場する主な霊たちの生前のプロフィール」という冒頭のカラーページに掲載されている順に紹介したい。いわく、リスト、ショパン、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン夫妻、ブラームス、グリーグ、ドビュッシー、ラフマニノフ、モンテヴェルディ、バッハ、ベルリオーズ(およびほんの少しだけ登場するモーツァルト)、そして音楽家としては素人同然のブラウン夫人がこれら大作曲家たちの霊との会話に戸惑わないよう、さりげなくサポートしてくれるイギリスの音楽学者、ドナルド・フランシス・トーヴィー。作曲家以外にもアルベルト・アインシュタインとアルベルト・シュヴァイツァーに関する言及がある。
  
数人ならまだしも、さまざまな時代と地域にまたがるこれだけの数の作曲家たちとの交信、それも英語を介してのコミュニケーションとなると、それこそ眉につばしてしまいたくなる。バッハやベートーヴェンは英語を話せたのだろうか? しかしヘンデルはイギリスで活躍し、英語はできなかったハイドンもイギリスに滞在していたぐらいだから、ヨーロッパの知識階層における母国語以外の言語に関する素養は思ったよりハイレベルだったのかも知れない。
  
霊媒としてのブラウン夫人が享受した音楽に関する教育はプロフェッショナルとはほど遠いものだった。ピアノも弾けないわけではないが、素人の域を出る腕前ではない。したがって、作曲家が霊界から伝える作品を採譜するにはかなり苦労したようだ。そうした作品の一部は出版され、他の楽譜(ブラウン夫人が作曲者の指示に従って書いた自筆譜)は遺族によってすべてロンドンのブリティッシュ・ライブラリーに寄贈されている。その数は数百点にのぼるとのことだが、図書館による目録は未完であり、公開されていない。
  
今から約半世紀前、ブラウン夫人の存在がメディアに紹介された際には、様々な形でその信憑性が精査・検証された。霊の世界のことであり、結論が出たわけではないが、「すべてはブラウン夫人の思い込みである」という排除には至らなかった。「その可能性は否定できない」のである。本を読んだ限りでは、ブラウン夫人が自己顕示欲のために嘘をついたり、つじつま合わせをしているようには思えなかった。
  
興味深いのは巻末に掲載されている《グリューベライGrübelei》の楽譜である。リストの霊が創作し、それをブラウン夫人が筆記したものだ。タイトルを和訳すると「思いわずらい」だろうか。「傷心」とした方が詩的かも知れない。落ち着いた作風だが、右手は四分の五、左手が二分の三拍子(あるいはその逆)で、中間に八分の六拍子のエピソードも含まれている作品だ。調性も変化に富み、強弱記号も精細に書き込まれている。リストの作品は“わかりやすい”構成のものが多いが、《調のないバガテル》のように、現代音楽を先取りした無調に近い実験的な作品も創作されている。この作品もそういったもののひとつなのだろうか…。いずれにせよ、ブラウン夫人が創作したものではなさそうだ。(国書刊行会)