スポーツファンは多かれど、根っからの相撲ファンは少数派だろう。年齢層も比較的高いに違いない。その昔に若貴時代といわれた、若乃花・貴乃花兄弟が活躍していた時代はともかく、このところの角界の勢いは今ひとつだ。テレビのワイドショーでの話題となると、なぜか芳しくない内容が先行してしまう。
しかし少数派とはいえ「相撲が三度の飯よりも好きだ」という熱心なファンも健在だ。土俵に上がる力士たちも、相撲が嫌いであのハードな練習はこなせないだろう。ハードといえば、あそこまで体重を増やすことも並大抵の努力ではないはずだ。「早朝空腹のまま稽古をし、その後たらふく食べて昼寝もして…」というダイエットの禁じ手を普段の生活習慣にするわけだが、みんなで生活を共にする相撲部屋で出される食事のうち代表的なものが「ちゃんこ鍋」だ。
そのちゃんこ鍋だが、ふつうは肉、魚、野菜など、あるものすべてをぶちこんだ“寄せ鍋”だろう、と想像するのではないか。私も何となくそのように思いこんでいたが、この本に出会って意識が変わった。「力士を効率よく肥満させるためのお手軽単品料理」とはほど遠く、じつにさまざまな種類があり、工夫が凝らされ、栄養の点からも申し分のない魅力的な鍋料理なのだ。本書に紹介されているどの鍋もが、季節の素材を賢く使った垂涎の絶品だ。
佐渡ヶ嶽部屋に入門し、幕内まで昇進したものの86年に引退した琴剣関は、部屋でちゃんこ係として腕をふるっていたばかりか、引退後は千葉県船橋市でちゃんこ料理店を切り盛りしている相撲漫画家だ。料理人としてまとめたわかりやすいレシピに生き生きとしたマンガがそえられ、読み物の部分からはちゃんこの魅力に加えて「ちゃんこ」の語源や相撲用語などの豆知識が得られる、とても楽しい本である。料理の本は星の数ほど出版されているが、ちゃんこ鍋に特化された本書は、その中でも異色の存在だろう。
鍋料理は健康に良い。野菜をたくさん食べられるところがその長所のひとつだ。ちゃんこ鍋は角界の常食でもあり、ものによってはかなりの高カロリー食となるものもありそうだ。しかしどれもこれも、とてもおいしそう。これから冬にかけては鍋物が恋しくなる季節だ。今のうちに本書を使って鍋物のレパートリーを増やしておかれてはいかがだろうか。ちなみに《作ろう!秋のちゃんこ》の項には「イワシダンゴのスープ炊き」「鯖の煮食いちゃんこ」「あんこうちゃんこ鍋」など魚系のレシピに加え、おかずとして「豚のスペアリブと野菜の白味噌煮込み」その他が紹介されている。 (ベースボール・マガジン社)