『モーツァルト』メイナード・ソロモン 石井宏訳

050519久々にずっしりとした感触の本を手にした。
 
偉人や天才の伝記というと、おおよそ両親のルーツから始まり、その後時間軸を中心に話が展開されていく。この本も例外ではないのだが、それだけではない。“現代人の目から見たモーツァルト”という切り口が新鮮なのだ。たとえば「親離れ・子離れ」だ。
 
モーツァルトがどうしてコンスタンツェと結婚しなければならなかったのか、また父親はなぜそれにあれほど反対したのか。頑固な父レオポルトと、その心をときほぐそうと努力を惜しまない孝行息子ヴォルフガングの人間模様はこれまでも語られてきた。しかしこれを現代社会(特に日本)で問題になっている親離れ・子離れの視点から注目してみると、とてもわかりやすくて納得できるのだ。
 
稼ぎに稼いだにもかかわらず浪費がたたり、貧乏になって世を去った、といわれているモーツァルトの収入が現実にはどのぐらいあったのか、という詳細な研究も貴重だ。グルデン、ドゥカーテン、ギニー、クロイツァーといった当時の複雑な貨幣単位に関しては、ある程度訳注として説明されているものの今ひとつわかりにくいのが難点だが、これは他の本をひもといても同じである。
 
この本を楽しめたのは、石井宏による自然な訳に負うところが大きい。こうした学術書にあり勝ちな読みにくさをまったく感じさせず、読み物としても大いに満足できた。(新書館)