『まんがで読破 若きウェルテルの悩み』ゲーテ

110611ゲーテといえばドイツの古典文学のなかでもひときわ大きくそびえたつ、大きな山のような存在だ。まさに「歴史に残る文豪」のひとりに違いないが、昨今の本離れ著しい若い世代の人たちにとっては、いささか縁遠い存在だろう。
 
その昔、テレビ、ラジオや映画といった娯楽がまだそう多くなかった時代には、こうした古典の名作を愛読する人が多かった。そして日本経済は高度成長期を迎え、人々は必死に働くことによって電化製品をはじめとする文明の利器を次々と所有することに大きな喜びを覚えるようになる。白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫から始まり、電気釜、掃除機、そして自家用車、カラーテレビへと、購入の対象は変遷していく。「本を読む」という習慣は、こうしたものが生活に浸透していったのと反比例するかのごとく薄れていったように感じるのは、私だけだろうか。
 
今日のように「簡単&直感的」が好まれる環境の中、外国の難解な古典ものに食指が動かないのも、わからないではない。だが「古典は難解」という先入観は、一昔前の訳者の格調高い日本語文体によって作られてしまったことも否めない。外国語を日本語に変換しよう、それもできるだけ誠実に、と努力すればするほど、訳文は難解になりがちだ。
 
ゲーテの作品の多くは大衆文学のジャンルに入るもので、決して難解ではない。平明な、日常使うドイツ語で書かれている。原語で読むと、日本語よりずっとわかりやすい。実はカントの書いた哲学や美学の学術書も、原文の方がずっと単純明快だ──とは言え、そのためにドイツ語をあらたに学ぶのは、手間がかかることではある(が、それはそれで楽しいものだ)。
 
とっつきにくい、わかりにくい、読みにくい、という弊害への対処として、「こうした古典を漫画化しよう」というアイデアが生まれたのだろう。すでに多数の作品が漫画として出版されている。今回はそのうちの一冊として『若きウェルテルの悩み』を読んでみた。
 
1774年の発表当時から大きなセンセーションを巻き起こした作品だ。主人公が最後は自殺する、というストーリーは当時多くの人々を刺激し、主人公の「青い燕尾服に黄色いチョッキ」というファッションが流行したり、ストーリーをまねて自殺する者まで現れたぐらいだ。原作はもちろんドイツ語だったが出版後まもなく英語、フランス語、イタリア語にも訳され、あのナポレオンも愛読者だったという。
 
読後感想だが、漫画は確かにわかりやすい。しかし想像力を駆使することなく先へすすめてしまうので、文字で読む時の味わいとはまた違った印象となる。登場人物の顔立ちやイメージにしても、漫画の場合は何ら悩む余地がない。漫画での古典体験は「難解」を回避してストーリーだけをざっとチェックしておくためには、簡便な手段と言えよう。「漫画なんて」と拒否する前に、一度どんなものか体験してみてはいかがだろうか。
 
ところで主人公ウェルテルの行動は、今日だったらストーカー行為以外の何ものでもなさそうだ。「愛と恋の作法にもずいぶん大きな変化が生じたものだなあ」というのが、得られたもうひとつの実感だった。(イースト・プレス)